はじめに
高齢化社会の到来に伴い、軽微な転倒により骨折を来す高齢者の数は年々増加している。本邦では2007年から超高齢社会の段階に入っており、その傾向はますます顕著である。骨折とは骨の連続性が破綻した状態と定義されているが、誰が見ても明らかな骨折である場合と、そうではない場合がある。皮質骨が保たれているような骨折症例では、単純レントゲン写真や単純CT画像だけでは診断は困難であり、しばしば診断が遅れて治療が後手に回ることも少なくない。骨折の種類によっては診断が遅れることで、その後の死亡率が上昇することも報告されており、迅速かつ正確な診断を可能とするような画像検査は重要である。MRIは骨折の症例において高い診断率を誇るが、全例で施行することは現実的ではない。当院では、進行性の下肢麻痺などで緊急性が高い症例以外、緊急でのMRI撮像は困難である。また夜間休日にはMRIを撮像できる放射線技師が常駐していない場合もあり、その場合も撮像は不可能となる。同様の施設は多いと考えられるため、MRI に代わる簡易な画像検査法があれば有用である。
整形外科 小田崇弘 先生
Dual Energy CT(DECT)はエネルギーの異なる2 種類のX 線を使用したCT の撮影方法であり、従来のSingle Energy CT(SECT)と比較し、より多くの情報を得ることができる。骨髄内浮腫の検出に優れており、MRI に代わる画像検査として急性期の脊椎圧迫骨折の診断に有用であるとされている。また大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)にはDECTによる診断感度向上の記載があり、整形外科領域におけるDECTの有用性に期待が高まっている。
当院では2018年からDECTを導入し診療に役立てている。整形外科領域、特に骨折症例におけるDECTの有用性について報告する。
当院におけるDECT
当院では2台のCT装置(Revolution Apex 、Revolution Frontier)が稼働しており、どちらの装置もFast kV Switching法によるDECT撮影が可能である。DECTで撮影したデータは従来のSECT相当の画像を含めた任意のエネルギーのCT画像(Virtual Monochromatic Image:VMI)や、特定の組織成分ペアの密度画像(Material Density Image:MDI)、実効原子番号画像などの新たなコントラストの画像出力が可能となっている。
骨髄内浮腫の検出を目的とした場合は骨成分を抑えた水密度の画像:Water(Calcium)、Water(HAP)を追加して評価している。当院では既に報告のある胸腰椎圧迫骨折に加えて、大腿骨不顕性骨折および脆弱性骨盤輪骨折の診断に適用している。
骨折の診断にDECTが有用である症例
➀胸腰椎圧迫骨折
胸腰椎圧迫骨折は骨粗鬆症が基盤にあり、転倒などで容易に発生する脆弱性骨折の一つである。急性期には体幹固定装具を装着する必要があり、また症例によっては経皮的椎体形成術(Balloon Kyphoplasty; BKP)の適応がある。したがって、その骨折が新規骨折か否かを迅速に判断することが重要である。従来はMRIを撮像しないと診断は困難であったが、DECTを活用することでその診断が可能となる。新規骨折の場合、DECTでは骨折による出血が骨髄内に水の高密度領域として描出される(図1)。陳旧例では骨髄内の水密度変化は描出されないため、新規骨折か否かの診断が容易となる。
②大腿骨不顕性骨折
大腿骨近位部骨折は高齢者の脆弱性骨折の一つであり、受傷後早期に手術加療を行うことが生命予後、機能予後に直結するとされており、欧米では骨折後48時間以内に行うことを推奨している。多くの症例では骨片の大きな転位やアライメントの破綻を認めるため診断は容易であるが、中には単純レントゲンやSECTのみでは見落としてしまうような症例(不顕性骨折)がある。その1例を図2に示す。一見すると大転子の単独骨折にも見える(図2B)が、DECTを施行すると、骨折線が大転子から小転子にかけて及んでいることが判明した。大腿骨転子部骨折と診断し、骨接合術を行った。大転子骨折を認めた場合は8割以上の確率で転子部にかけて骨折線が及んでいると報告されている。大転子単独の骨折と大腿骨転子部骨折では、治療方針が全く異なるため、正確な診断が必要不可欠である。骨折部位を可視化し描出することが可能であるDECTは大腿骨不顕性骨折の診断においても有用な画像検査であると考えられる。
③脆弱性骨盤輪骨折
脆弱性骨盤輪骨折(Fragility Fractures of the Pelvis;FFP)は、2013年にDr. Rommensによって初めて提唱された、低エネルギー外傷により発生する高齢者の骨盤輪骨折であり、近年急激に増加している。高エネルギー外傷による骨盤輪骨折と異なり、骨盤靭帯の損傷は通常伴わないため、結果として骨片が大きく転位しない症例も多いとされている。臨床症状が多彩であり、受傷機転が不明瞭な場合もあるので診断に難渋する骨折の一つである。このFFPの怖いところは不適切な治療によって容易に転位が進行することである。画像所見上、転位がないため骨折がないと診断し、不適切に荷重を許可した結果、転位が増強して手術加療を要する症例も多く報告されている。そのため、迅速かつ正確に骨折の有無を判断する必要がある。
骨盤輪を構成している骨の中で、仙骨の骨折は単純レントゲンのみでの診断率は僅か2~4割程度と言われている。SECTはMRIと比較すると診断率が落ちるという報告もあり、当院ではDECTを仙骨骨折の診断の際に使用している。その1例を図3に示す。71歳女性、転倒後で主訴は両臀部痛である。単純レントゲン写真では明らかな仙骨骨折は指摘できない(図3A)。SECT(図3B)でも骨折線は不明瞭であったがDECTでは仙骨両側に水の高密度領域を認めた(図3C)。MRIでも同様の部位に骨折を示唆する高輝度領域を認めた(図3D)。後方要素損傷の見落としは、不適切な荷重による骨折部の転位に繋がる可能性がある。FFPにおける後方要素損傷を正確に評価するための一つの手段として、DECTは有用であると考えている。
さいごに
DECT は、迅速な診断を要する骨折の診断に有用な検査であると考えており、当院では骨折が疑われた症例は救急受診時に可能であれば全例で撮影して頂くように通達している。DECTの導入により、患者の治療がより効果的に行われ、合併症やリスクの軽減に寄与する可能性があると考える。今後の臨床試験や大規模な研究によって、DECTがより多くの骨折の標準的な画像診断手法として採用される事に期待する。