1.骨微細構造と骨強度評価の関係性について(図1)
骨微細構造
骨の微細構造は、骨の強度を決定する重要な要素の一つです。以下の要素が含まれます1,2):
• 骨梁構造:骨梁の形態や方向性、連結性などが含まれ、骨の力学的強度に大きな影響を与えます。
• 皮質骨の多孔性:皮質骨の厚さや多孔性も骨強度に影響を与え、多孔性が高いと骨の強度が低下します。
• 骨基質のミネラル化度:骨基質のミネラル化度が高いほど、骨の強度が増加します。
図1 : 骨の微細構造
骨強度評価(図2,3)
骨強度は、骨密度と骨質の2つの要因から成り立っています3-5)。骨質には、骨の微細構造、骨代謝回転、微小骨折、石灰化が関与しています。
図2 : 骨強度と骨梁、骨質の関係
図3:骨の微細構造における材質特性と構造特性について
骨質において、材質特性と構造特性は密接に関連しており、
それぞれが骨の全体的な強度と質に寄与している。
骨微細構造と骨強度の関係性(図4)
骨微細構造は、骨粗鬆症でみられる骨の脆弱化に関連する重要な因子の一つです。例えば、骨梁の連結性が低下すると、骨の力学的強度が低下し、骨折のリスクが高まります2,3)。また、皮質骨の多孔性が高いと、骨の強度が低下しやすくなります4)。骨の微細構造と骨強度の評価は、骨粗鬆症の診断や治療効果の評価において重要な役割を果たしています。
図4:骨密度と骨微細構造の関連性(BMDとTBSの関連性)
上段の患者1は、海綿骨構造も正常で、骨密度のグレースケールパターンは均質になっており、TBSスコアは高値になります。
下段の患者2は、海綿骨構造が劣化している例です。グレースケールパターンは不均質でTBSスコアも低値になります。
このように、骨密度値を補う形での海綿骨構造指標(TBS)の有用性が示されています。
2. Trabecular Bone Score (TBS)の概要
TBSとは
Trabecular Bone Score (TBS)は、骨の微細構造を評価するための指標であり、骨密度測定(BMD)を補完する役割を果たします。TBSは、Medimaps Group社(スイス)が開発したソフトウェアで、腰椎のX線画像の画素濃度をテクスチャー解析して算出されます5)。
TBSの計算方法(図5)
TBSの計算方法は、隣接するピクセルの輝度の差を求め、その差の2乗を計算することで、ピクセルの輝度の空間的変動を解析します。
図5:TBSの解析方法について
上段の患者1は、海綿骨構造も正常で、骨密度のグレースケールパターンは均質になっており、TBSスコアは高値になります。
下段の患者2は、海綿骨構造が劣化している例です。グレースケールパターンは不均質でTBSスコアも低値になります。
このように、骨密度値を補う形での海綿骨構造指標(TBS)の有用性が示されています。
これにより、骨梁数(Trabecular Number, Tb.N)、骨梁間隙(Trabecular Separation, Tb.Sp)、連結性密度(Connectivity Density, Conn.D)などの骨微細構造の指標と相関することが示されています5)(図6)。
図6:TBSと骨の微細構造指標との関連
TBSはTrabecular Number (Tb.N:骨梁数) 、Trabecular Separation (Tb.Sp:骨梁間隙) 、
Connectivity density (Conn.D:連結性密度)のような骨微細構造の指標と相関するといわれています。
TBSの評価と利点(図7-9)
・骨密度(BMD)とは異なる方法で解析: BMDが高いにもかかわらず骨折リスクが高い患者の評価に役立ちます。骨の強度は、骨密度が70%、骨質が30%によって決定されるとされており、TBSはこの骨質の評価に寄与します(図2)。
・追加の検査や装置が不要:既存のDXAスキャンデータを使用して計算されるため、追加の検査や装置が不要です5)。
・成人患者に対して正確:TBSは成人患者(20歳以上)に対して正確であり、BMIが15から37 kg/m²の範囲内である場合に正確な結果が得られます5)。
・日本におけるリファレンスグラフ: 日本では、TBSのリファレンスグラフは女性のみが対象であり、L1-L4またはL2-L4領域のデータが使用されます5)。若年成人の平均値は1.488、標準偏差は0.070 であり、TBSの値が1.310以上であれば高値、1.310から1.230の範囲であれば中間値、1.230以下であれば低値とされます5)。
図7:日本におけるTBSのリファレンスグラフ
TBSのリファレンスグラフは、日本人の場合、女性のみが対象です。BMIが15から37 kg/m²の範囲内に限り、正確な結果がでます。
領域は、L1-L4領域、もしくはL2-L4領域です。日本人男性のグラフは、現在のところ利用できません。
・骨粗鬆症の診断や骨折リスクの評価に重要: 従来の骨密度測定に加えてTBSを組み合わせることで、より正確な骨の健康状態の評価が可能となり、骨折リスクの低減に寄与します(図8,9)。
図8:BMD, TBSの評価と分類方法
図9:BMDとTBSの組み合わせ
3. TBSにおけるISCDポジション6)
Trabecular Bone Score (TBS)は、骨の微細構造を評価するための指標であり、骨密度測定(DXA)と組み合わせて使用されます。TBSは、特に骨粗鬆症の診断や骨折リスクの評価において有用です。以下に、ISCD(International Society for Clinical Densitometry)の2023年度に公表された公式ポジションとガイドラインをまとめます。
ISCDの公式ポジション
1.TBSの適用と報告
・TBSは、閉経後女性の椎骨、股関節、主要な骨粗鬆症性骨折リスクと関連しています。
・50歳以上の男性においても、股関節骨折リスクと関連しています。
2.DXAモニタリング
・TBSは、DXA測定と併用することで、骨の質と量を総合的に評価することが推奨されています。
国際的なガイドラインと動向
1.WHOの基準
・骨粗鬆症の診断には、Tスコアが-2.5以下であることが基準とされています。TBSは、この基準に追加の情報を提供します。
2.国際骨粗鬆症財団(IOF)
・IOFは、TBSを骨折リスク評価の補助ツールとして推奨しています。特に、骨密度が正常範囲内であっても骨折リスクが高い場合に有用です。
動向
1.研究と実用化
・TBSの有効性は、さまざまな研究で確認されており、臨床現場での利用が増加しています。特に、骨粗鬆症治療の効果を評価するためのツールとして注目されています。
2.技術の進化
・TBSの計測技術は進化を続けており、より正確で迅速な評価が可能となっています。これにより、患者の骨健康状態をより詳細に把握することが可能となります。
TBSの制限について
TBSの制限として前述のBMIによる制限以外に、重度な構造的、もしくは病理学的アーチファクト(扁平椎、椎弓切除、ハードウェア、転移病変など)がある場合にはTBSを報告しないことが推奨されています。
4.国内外でのTBSの活用例
骨粗鬆症のリスク評価6):
・TBSは骨折リスクの評価に役立ち、特に糖尿病患者やステロイド治療を受けている患者の骨質評価に用いられています。
MANITOBA Studyのサマリー7)
•骨折リスクの評価:50歳以上の女性30,000名を対象に、5年間の追跡調査が行われたこのstudyで、 BMDとTBSの相関性は中~低度であり独立した指標であることが示されました。リスク評価として、TBSはBMDに加えて少なくとも30%の骨折患者を捉えていること、また、TBS低値の骨量減少の患者(下記図のB群)は、TBS高値の骨粗鬆症患者(下記図のC群)と同様に、骨折リスクが高いことが報告され、TBSは骨密度に加えて骨折リスクをより正確に評価するための有用な指標であることが示されました。
続発性骨粗鬆症
•糖尿病:糖尿病患者は骨折リスクが高く、特に2型糖尿病では骨密度が正常でも骨質が劣化していることが多いです8-15)。
•高コルチコイド症:ステロイド治療を受けている患者は、骨吸収が亢進し、骨形成が抑制されるため、骨密度と骨質がが低下しやすくなります16,17)。
まとめ
•DXA法の骨密度測定は、臨床的にも有用な手法であり、BMDとTBSを組み合わせることによって、より良い骨強度の評価が得られる可能性があります。
•医療従事者は、BMDやTBSの結果を理解し、被験者に適切に伝えることが重要です。
5.当院における骨密度と骨質を組み合わせた骨レジリエンス指数についての検討
骨の健康評価において、TBS(Trabecular Bone Score)とBMD(Bone Mineral Density)を併用することで、骨の微細構造に関する追加情報を提供できると考えられます。BMD(正常、骨減少症、または骨粗鬆症)とTBS(正常、部分的劣化、または劣化)のカテゴリの組み合わせ(骨レジリエンス指数:Bone Resilience Index)が、骨の健康状態や骨折リスクの評価に与える影響について検討を行いました。
目的:BRI重症度における調査患者の分布、および骨粗鬆症性骨折の発生数を検討
研究デザイン:後ろ向き観察研究
対象:642例
調査項目:
1. 調査患者のBRIにおける分布を調査。
2. BRIにおける主要骨粗鬆症性骨折(MOF)および大腿骨近位部骨折(HF)、脊椎椎体骨折(OVF)の発生率を検討。
結果(図10,11):
•MOF発生数はBRI重症度における有意差を認めました(p<0.001)。
•HF発生数はBRI重症度に応じて増加しました(p<0.001)。
•OVF発生数はBRI重症度に応じて増加しました(p<0.001)。
図10-1:Bone Resilience Index の分布 –Total patient-
図10-2:Bone Resilience Index の分布 –MOF-
図10-3:Bone Resilience Index の分布 -HF-
図10-4:Bone Resilience Index の分布 –OVF-
図11-1:BRI重症度における患者数の分布
図11-2:BRI重症度における骨折発生率
考察
当院の結果から
BRIの重症度とMOF、HF、OVF発生数の間に有意な関連が認められました。BMD単独での結果よりも、感度が上がることが示唆され、BRIが重症度の評価や予後予測において有用である可能性を示唆しています。BRIは、新しい視点から骨の健康状態を評価する手段として期待されます。
海外の動向18-22)
海外の報告でも同様に、この骨密度と骨質を組み合わせが、骨の弾性や柔軟性を含めた骨強度を評価するための指標として、骨の健康状態や骨折リスクの評価に役立つ可能性が下記のように報告されています20)。
•骨の強度評価:BRIは、骨の強度を定量的に評価することができ、これにより骨の健康状態の把握に役立ちます。
•骨折リスクの予測:骨の弾性が低下すると骨折リスクが高まることが知られており、BRIを用いることで骨折リスクを予測し、早期に対策を講じることに役立ちます。
まとめ
BMDとTBSを組み合わせることによって得られる情報は、より良い骨強度の評価が得られる可能性があります。さらなるソフトウェアの改善によって、より理解しやすい形で被験者に適切に伝えることが必要であると考えます。
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