脆弱性骨折に溢れる急性期病院
わが国の骨粗鬆症患者数は1280万人といわれ、超高齢化社会を迎えるにあたり今後骨粗鬆症に伴う脆弱性骨折数は増加することが予想される。筆者が勤務している岐阜県内においても脆弱性骨折である大腿骨近位部骨折症例は年々増加の一途を辿っている。実際臨床において脊椎圧迫骨折を診察しない日はほとんどなく、大腿骨近位部骨折の手術中に救急外来に新規の大腿骨近位部骨折症例が運ばれることの繰り返しである。私自身これら脆弱性骨折症例において、認知症を含む様々な合併症への対応や、骨折そのものの対応に追われる中で骨粗鬆症自体の治療意識は希薄にならざるをえない時が度々あったのも事実である。治療していた症例においても、脆弱性骨折後にビスホスホネート製剤を開始したが数ヶ月で再骨折を生じてしまった症例や、長年骨粗鬆症治療を真面目に受けていたのにもかかわらず脆弱性骨折を生じてしまった症例などを経験していくうちに骨粗鬆症治療の難しさ、虚しさを感じるようになっていた。しかし、当時は骨粗鬆症の治療薬を処方してはいたが、その効果を確認するための検査はルーチンでは行っておらず、アドヒアランスが保たれていたのかも不明であった。ちょうどその折本邦初の骨形成促進材であるテリパラチド製剤が使用可能となり、骨粗鬆症治療は新たな局面を迎えていた。脆弱性骨折症例が毎日のように受診する状況の中でテリパラチド製剤を使用してみることにした。
いかに治療を軌道にのせるか
テリパラチド(毎日製剤)による治療を提案する場合いくつかの困難が予想された。それは注射製剤であること、費用が高額なこと、使用症例に制限があり、使用期間も限定されることである。注射製剤は関節リウマチの生物学的製剤等で整形外科領域でも使用されてはいたが、より高齢である骨粗鬆症患者が毎日自分で打つことには難色を示すのではと考えていた。薬価も他薬剤に比べ飛び抜けて高額であることも気になった。骨折リスクの高い骨粗鬆症に適応があるため、導入基準は新規の脊椎圧迫骨折症例もしくは脆弱性骨折の既往があり、骨密度がT-scoreで-2.5以下の症例とした。当県においては使用開始後途中で中断してもそのまま使用期限は継続されるため、ドロップアウトすることなく2年間継続できるかも心配であった。

実際の外来においては、使用開始に至るまで患者が納得いくまで説明を行った。かなり時間が押していたとしても、妥協せずに説明を行い、さらに外来終了後スタッフからの説明も1時間以上かけ念入りに行った。これにより自己注射の指導が十分になされ、患者は自信を持って治療に取りかかれるようになっていた。注射による痛みの訴えはほとんどなく、想像していたよりもアドヒアランスは良好であった。費用に関しては、急性期の痛みを抱えている患者が多かったこともあり、よくなるのであれば値段は関係ないという考えの方が多かった。
徐々にテリパラチド(毎日製剤)の使用症例が増えていったが、多剤と比較し疼痛の改善が得られる症例が多いことに気がついた。痛みのため歩行困難となりいつも救急車で来院していた寝たきり患者が、3、4か月後に押し車で来院した時は驚かされた。また導入当初は説明のためかなりの時間をかけねばならなかったが、数ヶ月もすると症状の改善とともに、処方のみ受け取りすんなり外来をあとにするようになり、患者数は増えたが外来時間は短縮していた。
治療中最も力を入れていたのが4ヶ月に1回の骨密度検査である。なかなか痛みが取れない患者の治療意欲を継続するのに、骨密度が改善している(数値が上昇している)事実は何よりも有効だった。使用機種はGE社製PRODIGYで腰椎、大腿骨を測定していたが、テリパラチド(毎日製剤)の腰椎に対する効果は早期から現れ、1年を超えても有効であり患者の治療継続のモチベーションとなっていた。一方大腿骨においては投与初期にはむしろ低下することも多く、腰椎と比較すると増加量も控えめであまり気にしないよう伝えていた。
このように、2012年4月〜2015年3月の3年間にテリパラチド(毎日製剤)による治療を行った症例は52例で男6例、女46例、年齢は60〜87歳の平均75.4歳であった。継続率は2012年4月~2014年3月(投与開始から2年)で46/52例88%、2014年4月~2015年3月(投与開始から3年)で41/52例79%であった。腰椎、大腿骨骨密度は投与期間中有意に増加していた。新規骨折発症状況は椎体骨折1例、橈骨遠位端骨折1例であり大腿骨近位部骨折は認めなかった。
全身骨DXAの有用性
テリパラチド(毎日製剤)の継続においては、前述したように腰椎骨密度の値が重要で、患者は4ヶ月に1回の骨密度検査を楽しみにして治療を行っていた。 かかりつけの医院やクリニックでは橈骨DXAを導入している施設が大半であるが、皮質骨が大半を締め海綿骨成分に乏しい橈骨ではテリパラチド(毎日製剤)の効果をとらえることは困難であり、もし自分の施設に全身骨DXAがなければ今回ほどの継続率は得られなかったと思われる。その後も様々な骨粗鬆症治療薬が登場し治療の選択肢は広がっているが、全身骨DXAによる骨量測定は、骨粗鬆症の診断だけでなく、治療効果の判定に非常に強力な手段となりうることを身をもって感じた次第である。
岐阜県骨粗鬆症治療ネットワーク
岐阜県においては骨粗鬆症治療における地域の連携を図るため平成26年4月より岐阜県骨粗鬆症治療ネットワーク:Gifu Ken Network for Osteoporosis Treatment(G-Knot:ジーノット)が立ち上げられ、活動を行っている。このネットワークではかかりつけの開業医院・診療所において骨粗鬆症治療薬の処方および治療を担当していただき、半年または1年に1回腰椎・大腿骨近位部の骨密度を全身骨DXAを備えている病院・医院で測定し、患者さんに正確な骨密度、その増加量をお知らせすることにより治療率・治療継続率の向上を図ることを目的としている。現在本ネットワークには全身骨DXAがある19の病院、医院を中心に、約200の施設が登録されている。骨粗鬆症の病診連携については全国各地での活動が報告されているが、G-Knotは岐阜県下全域での展開となり、その規模が大きいのが特徴である。全身骨DXAを有効に活用することによって、この地域の骨粗鬆症治療が発展し、脆弱性骨折がひとりでも減少していくことを切に願っている。